大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)72号 判決

上告人 富士原繁雄

被上告人 富土製鉄株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告論旨は、まず、原判決が本件退職の勧告をもつて合意解約の申込と判断したことが法令の解釈を誤つたものであると主張する。

退職の勧告が条件付解雇の意思表示と同時に行なわれた場合に、その勧告を受けた者がこれに応ずるのは、もしこれに応じなければ一方的に解雇されて、一層不利益を蒙るにいたるという配慮によることがあるとしても、それが強迫に基づく意思表示と認められるなど特別の事情のない限り、勧告に応ずるかどうかの意思決定の自由はもとよりのこと、条件付解雇そのものの違法を争う余地も存する。原判決によれば、本件では、右のような特別の事情を認める証拠がないというのであるから、原判決が本件退職の勧告をもつて合意解約の申込みであり、一方的解雇の通告でないと判断したことは、正当であつて違法はなく、上告論旨は理由がない。

上告論旨は、また、上告人はいわゆるレツド・パージとして一方的に解雇されたものであることを前提として、原判決が本件解雇の根拠となつた昭和二五年七月一八日付連合国最高司令官マツクアーサー元帥から内閣総理大臣にあてた書簡は超憲法的法規範でないと判示しながら、本件解雇の効力を是認したことは理由不備の違法をおかしたものであると主張する。

しかし、原判決の確定した事実によれば、上告人は、いわゆるレツド・パージとして一方的に解雇されたのではなくて、被上告人会社の退職の勧告に応じて退職願を提出し、所定の諸手当を異議なく受領したことによるものであることが明らかである。それ故に、上告論旨はその前提を欠くものであり、原判決が連合国最高司令官の前記書簡の趣旨に基づく一方的解雇の効力について論及することなく、本件退職の勧告を無効とする事由の主張、立証がないから、本件合意解約の効力を是認するほかないと判断したことは、相当であつて違法はない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例